ステップファミリーの思い出の地『つつじが岡公園』にてシンママのドス黒い気持ち

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2度目の事実婚(ステップファミリー)
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こんにちは、3時起き未婚の女親がめです。

未婚で母となりましたが、相手方の不貞でお別れをして、未婚のシングルマザーに。

その後、同じくシングルファザーの彼の家族とステップファミリーを目指すも破断。

そんな私は、都内のサラリーマンとして日々あくせく働きつつ、毎朝3時に起きて、副業にブログ活動(とWebライター?)、婚活にペアーズ、健康増進にchocoZAPと・・・

絶賛、人生をもがき続けています。

そして今回は、そんな私のステップファミリー期を思う黒い、黒い、エピソードです。

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ステップファミリー思い出の地

先日子がめと行った、つつじが岡公園。

実は、ステップファミリー家族全員で行った、数少ない思い出の場所でした。

ただ、例によって素敵な思い出ではなく。

残念な方の思い出です。

以下にざっくりと書きますと。

先日子がめがトライすることはなかったですが、割とどこの公園にもあるターザンロープ。

それを小6の次女がトライしました。

彼女は正直あまり運動が得意とは言えず・・・

それに、ステップファミリーの彼(パパ)が悪ノリで次女の背中を押し、勢いをつけたところ、まさかのゴールについた勢いに耐えかねて両手を離し、肩から落下。

しかし、「痛い。」と言いつつの、長女と子がめが遊び続ける姿をみて、次女も「遊びたい。」と。

しかし、珍しく父親のアテンションを全身で受け止められるもので、適度に「痛い。」とは言っておくスタイル。

しかししかし、本人は遊びたい。

そんなこんなで、「痛い。」とはいいつつもその後も子供たちは皆で最後まで遊んでいました。

しかし、帰りの車で案の定「やっぱり痛い。」が始まり。

そして、明らかに自分の責任だと珍しく責任を感じてあわあわしている彼は、次女を心配し、休日の夜間診療へ。

そのため、急いでスーパーで夜ご飯を買い、私が2人の子供相手にわちゃわちゃしていると・・・

次女と彼が帰宅。

「今晩は様子をみて、明日もダメなら来てください。」

と言われたと。

そりゃあ、そうでしょうね。

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ステップファミリーから時間が経っての、私の気持ちの冷め具合

昔もこのエピソードを書いたけれども。

昔も、この話を書く時、その時のことを思い出して「はぁ。」という気持ちはあったけれど。

時間が経って再び同じ場所を訪れ、同じく昔を思い返し、同じようにエピソードを書いてみると・・・

自分の気持ちの動きというか、冷め具合というか、良くわかるなぁと。

ぱっと、今回の記事を見て。

ステップファミリーを経験してこんな書き方をする・・・

そして、昔書いた記事と今回の記事を見比べて。

半年程度でここまで気持ちが冷めるのか・・・

なんて私は冷たい人間だ。

なんて冷たい継母だったんだ。

と思う気持ちは勿論あります。

むしろ、こんな自分にショックを受けています。

先日の京都南丹市の事件を受けての気持ちの凹みもありましたが、これが『血が繋がってていない』、ということなのかなと自分に対して思いを馳せたり。

もしかしたらその通りなのかもしれないですが。

人間、自分自身には甘いもので。

『そうではない』と、『彼と、彼の次女と、私の相性が悪かっただけ』だと思う自分もいます。

頑張って継母になろうと努力していたけれど。

どうしても。

難しかった。

本当に痛いのならば、その後遊ぶことはできないでしょう。

自分がやりたいからって遊んで、パパに聞かれた時だけ痛がって。

明らかに、アテンションが欲しいだけでしょう。

それで他のメンバーを振り回して。

それを彼も良しとして。

だいたい、なぜ次女は小6にもなって遊具で両手を離すのか。

だいたい、なぜ彼も自分の子供の運動神経を考えて対応しないのか。

もう思い起こすと黒い気持ちが止まらないけれども。

もうちょっと、「あぁ、ここ、ステップファミリーのみんなで来たな。」

「あの頃、楽しかったな。」

「今、離れてしまって寂しいな。」

なんて思ったりするのかな?とそこに行く前は、思い出の地に行くにあたって、少し自分の中で不安もあったりしましたが。

あるのはどす黒い気持ちだけ。

そんな自分に驚きつつ。

しかし、今更彼の家族とどうこうというこもなく。

縁を終わりにしたのも、娘たちを含めた彼の家族側。

なので、本当に自分勝手だし、これでよく継母になろうなんて思ったな、と自分でも思ってしまいますが。

本当に辛かったんだな、自分。

良く頑張った、と思うことにしました。

開き直りに聞こえるだろうし、実際開き直っている部分もあるのだろうけれど。

ただしかし、この先ふとした瞬間、楽しかった思い出の場所に行けば切なくなるのかもしれないし。

京都の様な事件でまた考え込むのだろうし。

きっとこれが私です。

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思い出のアスレチックをばーばで検証

そして、ほんわかと、長女と次女がトライした遊具のことも思い出し。

おそらく、今となっては次女だけでなく2人ともあまり運動神経が良かったとは言えない気がしています。

2人はかなり平均よりも身長が高かったですが。

当時、子がめの相手をして参戦せずに眺めていた私に、「親がめもやってみな。」と彼が言い、一番身長が小さく、手足も短い私がトライ。

そして、さらっとクリア。

そんなことを思い出し、なんとなくばーばにこの遊具やってみて?と。

ばーば、御年オーバー60ですが。

そして、色々なところにがたがきているので、途中までにしましたが。

途中までだとしても、明らかに当時の長女、次女よりはスムーズ。

なんか・・・

なんだかなぁ。

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継母の私は『その程度』の存在

そして、ここでもう一つ思い出したこと。

それは、ステップファミリーが解散となる少し前。

私の誕生日がありました。

その時期は本当に私が辛過ぎて、これから自分の誕生日が近づくたびに思い出したりするのかな・・・と思うと憂鬱ですが。

しかし、この公園の思い出のように切なく、辛い気持ち。

という風にはならずに、真っ黒に染まるのかな?なんて思ったり。

それはそれで切ないですが・・・

私が3児の母として過ごした、最初で最後の私の誕生日。

長女からプレゼントと共に手作りのアルバムをもらいました。

そのアルバムには、家族の写真や、家族メンバーからのお手紙がありました。

その時期の私はおそらくもはや心が壊れていましたが。

子がめを寝かしつけて、子がめを起こさないように真っ暗な部屋でもらったお手紙ページを毎日繰り返し読んで。

写真を見返して。

私はみんなのママだ。

子供3人のママ。

そして、彼の奥さん。

頑張ろう。

と、自分に言い聞かせていました。

しかし、その時ひっかかってしまったことがありました。

それは、30ページほどのアルバムに、私が写っている写真はたった数枚だったということ。

さらに、目線が合っているもの、つまり、私が「撮るよー。」と声をかけられて撮った写真はゼロ枚でした。

(つまり、他の写真はたまたま私が映り込んだという程度のもの)

これがなぜかと言うと、これらの写真のほとんど全ての写真の提供者が私だったから。

つまり、私が撮った写真です。

なので、私は写っていません。

そして、他のメンバーが私を撮ることはほとんどありませんでした。

わたし
わたし

彼は、私と2人の時はよく写真を撮ってくれましたが・・・

つまり、それも今思えば。

彼女としては必要だけれど、家族としては求められてはいなかったのかな、と。

それに気づいてしまったのです。

もちろん、子がめはスマホをもっていないし。

しかし、彼の家族は皆持っていて。

彼のおうちには、ところどころ前の奥様の写真がでてくることがあって。

家族の思い出というか、娘2人の記録として、元奥様の写真が残っていることは理解はできるのです。

(本当は嫌というか、配慮がないんだな、とは正直最初から思っていましたが・・・)

それが残っていたからこそ、比べてしまう、昔の奥様と私の待遇の違い。

奥様の映る写真は、どれも逆にほとんど彼がいなくて。

つまり、彼がほとんどの写真を撮っていたのだろうな、と。

私はそれもあって、彼と娘たちの(子がめも含め)写真をこれからはたくさん残してあげたいと、意識的にたくさん写真を撮るようにしていました。

それが裏目に出たのか、私がいないアルバムを私の誕生日にもらうことに。

アルバムって・・・本人がいないものをあげるものなのだろうか。

シチュエーションによって、そんなこともあるのかもしれないけれど。

私も家族の一員だし。

私の誕生日だし。

それを申し訳ない風でもなく、むしろ「嬉しいでしょう?」と満面の笑みでプレゼントしてくるあたり、やはりそもそも彼の家族と私は感覚が違ったのだと思います。

私は、アルバムをあげるのであれば、私がいつもあなたをどんな風に見ているよ。

私にはあなたがどんな風に見えているよ。

と、私の想いが伝わるものを渡したい。

しかし、そのアルバムを作った長女はどういう気持ちだったのだろう。

「お誕生日っぽいものを作ったよ。」という思いを受け取れば良いのか。

「あなたが見ている家族の絵をアルバムにまとめてあげたよ。」という思いを受け取れば良いのか。

どちらが悪いわけではない。

ただの感覚の違い。

大部分はその時の私の壊れた心のせいだとは思いますが。

その時の私は、認めたくなかったし、認めないように努力していたけれど。

結局、彼の家族に私は必要ないと言われているような。

いつ消えても良い。

そして、だからこそ本当に消えた人間だったのだと思います。

前までの私だったら、その思いに潰されて、ひたすらにどんよりと日々をすごしていたことでしょう。

ただ、今の私は黒い気持ちが渦巻くけれど、日々新しいことへの意欲がどんどんわいている。

正解はわからないけれど、私は子がめの人生を背負って突き進む。

黒い気持ちをエネルギーに変えて。

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