【皮肉】京都の事件で沈んだシンママの私を救ったのは、まさかの面会での子がめの生物学上の父親だった

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1度目の事実婚
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こんにちは、3時起き未婚の女親がめです。

未婚で母となりましたが、相手方の不貞でお別れをして、未婚のシングルマザーに。

その後、同じくシングルファザーの彼の家族とステップファミリーを目指すも破断。

そんな私は、都内のサラリーマンとして日々あくせく働きつつ、毎朝3時に起きて、副業にブログ活動(とWebライター?)、婚活にペアーズ、健康増進にchocoZAPと・・・

絶賛、人生をもがき続けています。

そして今回は、そんなが京都府南丹市の事件を受けて、シングルマザーとして深く静んでいましたが・・・子がめとの面会で子がめの実の父親と過ごし、気持ちが少し軽くなったという少し奇妙なエピソードです。

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子がめの生物学上の父親との面会

子がめの生物学上の父親との面会を行いました。

毎月の恒例行事。

ステップファミリーを終えて、私の気持ちの変化があってからは、むしろこの行事は子がめのために必要な時間なのでは?と思ってはいます。

そして、京都府南丹市の事件もあって、ここのところ気持ちが沈んでいるというか、凹んでいるというか、どこかものすごく不安の中にいる私。

そんな時の面会だったので。

「子がめの生物学上の父親はこんな時、何を思っているんだろう?」と珍しく、私は生物学上の父親の思考について思いを巡らせました。

面会中?面会終わり?私が京都の事件のようなパートナーを選び、そうすることで子がめに危険が及ばないように、「パートナー選びは十分に慎重に。」なんて思ったりするんだろうか。

そして、言われたりするんだろうか。

私がこの先、誰とどうなろうと、『対私』との関係であれば、生物学上の父親は何も気にしないだろうけれど。

子がめのことを親のつもりで愛しているはずなわけで。

だとしたら、この事件を受けて、さぞ心配しているのではないか。

そんなことを考えながら面会をこなしたのですが・・・

結果、そんなことはというか。

それ以下でした。

私としては、やはり子供とは血の繋がりが必要だし、それがないと世間からの風当たりは強いのか・・・なんて思っていたのですが・・・

子がめの生物学上の父親は、血が繋がっていても、我が子に関心はない、そんな人間だということを改めて確信。

本当に変な話なのですが、このことで、ここ数日の私の気持ちが妙に救われた気持ちになったのでした。

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いつもとは違う食事

面会で、生物学上の父親とご飯を共にしていた時のこと。

いつもはマックなのですが、その日は珍しく違うお店へ。

すると、頼んだメニューに生卵が殻のまま添えてありました。

卵があまり得意ではない私は、自分で割って入れるタイプであれば入れたくないな、と手をつけず。

そして、子がめに食べさせることを優先していました。

すると、生物学上の父親がふいにその私の生卵に手を伸ばし、私のお皿に割り入れようと。

わたし
わたし

同じ家で過ごしていた時は、こんなことをする人ではなかったのですが。

アピールなのか、今の彼女に強いられていて癖になっているのか・・・

謎の行動です。

そこで思わず私は「卵、苦手。」と言葉を発しました。

すると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まる生物学上の父親。

生物学上の父親:「・・・え?卵食べられなかったっけ?」

私:「苦手。」

生物学上の父親:「え・・・知らなかった。今まで言われたことなくない?」

私:「言ってないかもしれないね。」

生物学上の父親:「だって・・・一緒に住んでた時、俺、毎朝目玉焼き・・・」

私:「出してと言われたから毎朝つくっていたけれど、いつもあなたの分だけ。」

生物学上の父親:「え・・・じゃぁマックの月見バーガーは?」

私:「人によっては卵の部分を食べてとお願いするけど、あなたにはしてないかもね。」

生物学上の父親:「・・・。」

そして、その日子がめのメニューにも同じく生卵がついており、同じく手を付けていなかった私。

生物学上の父親:「・・・子がめは・・・?」

私:「苦手みたい。」

生物学上の父親:「アレルギーとかは・・・?」

私:「・・・」

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卵の黄身アレルギーだった子がめ

子がめは赤ちゃんの頃、卵の黄身にアレルギーがありました。

そして、その赤ちゃんの頃というのは、目の前にいる生物学上の父親とまだ共に過ごしていた時のこと。

生後9か月の時、いつもと変わらず離乳食を与えていると、突然私の肩でどばっと食べたものを戻した子がめ。

その後に受診した病院でアレルギー検査を受けると『黄身アレルギー』と診断されました。

昨日までは普通に食べていたのに・・・

卵って・・・色々な料理に使うのに・・・

これから子がめはアレルギー持ちとして不自由に過ごしていくしかないんだろうか・・・

そんな不安に襲われていましたが。

病院の先生に伺ったところ、アレルギーとは診断されても、現代は少しずつ慣らしていくことでほとんど克服できるということ。

克服できるのであれば、試さない手はない。

ということで、そこから子がめと私のアレルギー克服への道のりが始まりました。

そしてそれは、単調だけれど根気がいるものでした。

アレルギー克服へのサイクルは以下。

炒り卵を作って、1gを計る。

そして、それを子がめに食べさせる。

これをひたすら毎日繰り返します。

そして、1~2週間程度それを繰り替えし、病院を受診。

その日までの経過を先生に伝え、先生が次のステップに行けそうだと判断すれば、持参した倍数の2gの炒り卵を先生の前で子がめ与え、4時間程度そのまま病院で過ごすのです。

わたし
わたし

そのまま病院で過ごすのは、その間にアレルギー症状が起きたらすぐに先生にみていただくためです。

なので、毎回病院に行く時には炒り卵、たくさんの時間が潰せるように子がめのおもちゃと、そして、いつものおでかけセット。

この頃のお出かけはまだまだ荷物がたくさん必要なので・・・

もはや小旅行の荷物。

そして、無事にそれをクリアすると、翌日からはそのクリアした新たなグラム数を毎日与えます。

それをひたすらに繰り替えし、卵1個分、つまり50g~60g程度が1回の食事でとれるようになるまで繰り返し続けました。

結局、子がめと私のアレルギー克服への道のりは丸8ヵ月程度を要しました。

その間、子がめに与える全てのものの成分表示で卵が含まれていないかを確認し。

そして、生物学上の父親への食事で卵を使った時には、全ての調理器具も洗ってから子がめの分のご飯を作り。

子がめが1歳を超え、それこそ離乳食を完了すると食べられるものも増えましたが、トンカツをつくったり、お好み焼きをつくったり、どんなものにも卵を入れるバージョンと、卵を入れないバージョンで作り分け。

それはそれは毎日ちょっとした手間でした。

それでも、これで子がめのアレルギーが克服できるのであれば、と毎日全力で。

そして、定期的にくる、病院でのグラムの倍々式もこなし。

「アレルギーを克服しましたよ。もう卵を食べても大丈夫です。」

と先生に言っていただけた時はどれだけ嬉しかったことか。

その後も、「大丈夫とは言われたけれど、本当にあげて大丈夫かな・・・?」とおうちで子がめの様子を見ながら卵料理を与え。

子がめが嬉しそうに食べてくれた時は本当に嬉しかったです。

8ヵ月間。

毎日炒り卵を作り、グラム数を計り、子がめに与え。

そして、卵使用と、卵不使用の同じ料理を2パターンつくり。

洗い物を倍でこなし。

そして、1~2週間ごとに病院に通っていた。

子がめと私。

そんな姿を生物学上の父親も目にしたことがなかったわけではないと思います。

しかし、私にも、そして子がめにも関心がなかった生物学上の父親。

一度だって、炒り卵を作ったことも、洗い物をしたことも、病院について来たこともありませんでした。

アレルギーと診断された時の不安も、アレルギーを克服した時の喜びも、私が生物学上の父親と共有することはありませんでした。

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血が繋がっていてもしょうもない人間もいる

結局、先ほどの生物学上の父親との会話で、「昔黄身アレルギーだったけど今は無いです。今は好みの問題なだけ。」と伝えた私。

すると、「・・・あ。そういえば、そんなこと言ってたね。」と。

初めて黄身アレルギーで子がめを嘔吐せてしまった時、病院に連絡をした後、ものすごい自責の念とともに生物学上の父親へ連絡。

そして、子がめを嘔吐せてしまったことを伝え、謝っていました。

母として、その時の私の気持ちは理解できるけれど。

子がめにアレルギー症状が出たのはその日が初めてなわけで。

嘔吐せてしまったことに私の過失はないし、まして、生物学上の父親に許しを乞う必要なんてないのです。

我ながら、その時、そんなマインドだったんだな、と・・・。

そして、今回の面会で目の前にいた子がめの生物学上の父親は、確かに子がめの生物学上の父親なわけで。

間違いなく、子がめと血が繋がっているのです。

それでも、こんな人間もいる。

つまり、結局のところ、人によるということ。

京都の事件を受けて、自身のステップファミリーの失敗を受けて、『血の繋がり』という、どんなに切望したとしても手に入らないものが子がめと私の前には立ちはだかっている、と感じていたけれど。

血が繋がっていたとしても、こんな人間もいる。

食べ物のアレルギーと殺人事件は重みが違うけれど。

変な話ですが、子がめの生物学上の父親が、変わらずこんな人間であったことで、私のここ数日の沈んだ気持ちがなんだか少し軽くなりました。

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