先日、マグロの解体ショーを見ることができる機会に恵まれました。
昔からなんとなく見たいな〜とは思っていたものの、そんな機会なかなかないな〜と思っていたところ、まさかの地元でそんなイベントを開催すると!!!
これは良い機会だし、是非子がめにも見せてあげたい!!
ということで解体ショーを見に出掛けていきました。
丸々一本、マグロの解体ショー
今までに解体ショーを見たことがないので比べることはできないですが・・・
というかそもそも解体される前のマグロを直接見る機会もないですが・・・
実際、そのショーを見るよりも前に目に入ってきた解体職人の方。
恐ろしく美人でして。
すごく綺麗な方。
マグロよりもその美人さんに目を奪われる私。

その時はまだマグロの解体時間前で、『大きな1本のマグロと子供達が写真を撮る』という時間で、子がめと私も一番前に行ってしっかりと記念撮影できました。
私としてはそのままそこのエリアにとどまって、美女職人のマグロさばきが開始されるのを待っていたかったのですが・・・
子がめはもはやマグロとお写真を撮って、なんなら少しマグロのお口もツンツンできたので満足。
既にマグロへの興味はなくなって、他のものに興味を惹かれているようでした。

幼い子供に何もしない待機時間はなかなか難しいですよね。
そして、子がめと一通り他のエリアをフラフラして解体エリアに戻ってくると・・・
解体ショーが始まってる!!!
慌てて人だかりに近づくも、もはや前から4、5列目。
一番前は子供の列ですが、二列目からは大人がおり、私たちが到着した4、5列目はもはやパパが子供を抱っこや肩車でその横にママが待機といった状況。
そんな中で女性の平均身長よりも小さい私が子がめを抱っこしたとしても当然勝ち目はない・・・
これは・・・
肩車しかないな。
普段、抱っこでやり過ごすわたしですが、周りはただでさえパパさんが多めのところ、そのパパさんが抱っこや肩車。
私が抱っこしたところできっと何も見えないし・・・
そんなこんなで一縷の望みをかけて子がめを肩車することに。
しかし、現在5歳、17kgの子がめを私が持ち上げて肩に乗せる力も無く。
私が道に膝をついてしゃがみ、私の膝や肩を階段の要領で子がめに登ってもらいました。

子がめが2、3歳の頃に肩車はしたこともありますが、やはり不安定になるため、できる限りやりたくないのです。
なんとかそれらしい形になって、私が立ち上がり子がめに確認。
私:「見えた?」
子がめ:「見えたよ!」
ひとまず、良かった。
その時の私の視界は、ひたすらに前のどこぞのお父さんの背中。
広く大きな背中が壁となって何も見えませんでした。
肩車で余裕があれば違うのでしょうが、私の肩車は限界肩車なので自身の首を持ち上げることもできず、首がかくっと下を向いている状態。
そして、目線は時間と共にどんどん下がっていく・・・
元々私が楽しみにしていた解体ショーでしたが、頭の中は「マグロの解体って何分かかるんだろう。あと何分・・・。あと何分肩車を耐えれば良いんだろう・・・。」
肩車を初めておそらく2、3分、もはやつらい。
変な汗が出てきて、呼吸も苦しくなってきた。
ただ、子がめを肩に乗っけているだけなのに、こんなに辛いなんて。
そんなことを考えていると、子がめが見やすいポジションを探そうと微妙に体重のバランスを変え始め、それがまた地味に辛い。
とにかく、耐えるのに必死な母。
そして、この辺りから子ごめに声をかけることもできなくなってきて。
・・・。
そして、
子がめ:「お写真撮ろうか?」
私:「・・・本当?・・・撮ってくれる?・・・ありがとう。」
何とか声を絞り出して返事。
だがしかし、私のスマホは私のパンツのポケットの中。
ふらつかずに無事に取れるだろうか・・・
結局、タイミングを見てなんとか子がめにスマホを手渡し、写真を撮ってもらいました。
子がめ:「撮れたよ。これがマグロ切ってる人だよ!」
その時子がめに撮ってもらった写真がこちら。

写真を見るのも一苦労でしたが、そう言って子がめが見せてくれた写真は、
職人さんもマグロも見えると言えば見えている・・・
けれど、お世辞にも『見えている』とは言い難い写真・・・
前のパパさんたちでかなり視界が遮られていました。
そんな状況でも『見える』と言ってくれた子がめ。
こんなの全然見えてないじゃない。
その瞬間、子がめが私を気遣って『見えている』と言ってくれたのでは・・・と。
もちろん、少しでも、一部でも、一瞬でも見えたから『見えた』と言ったのかもしれません。
しかし・・・
私は、辛い、あと何分、とひたすらに時が過ぎるのを願っていただけでした。
親として情けない。
その瞬間に涙が込み上げてきて。
しかし、泣くと体の緊張が変に緩みそうで、そして涙が止まらなくなりそうで、必死に耐える私。
結局、なんとか耐え忍ぶことができました。
YouTubeでも人気の魚屋の森さん
そして、だんだんと前の列の人が減っていって。

『捌マグいたロを数量限定で食べられる』というイベントだったので、マグロを食べようと移動した方々の分、人が減ったのでした。
子がめを肩車した私も、ようやく目の前の方々の隙間から解体ショーを部分的に見ることができる距離まで近づきました。
そして、ようやく記念撮影でお見かけした美女職人さんがマグロを捌いているお姿を拝むことができました。
そして、包丁さばきも素敵。
美女が大振りで鋭い包丁を巧みに操り、大きなマグロがどんどんと柵になっていく様が実に素晴らしい。
その後も、さらに人が減っていったおかげでようやく子がめを子供がいる最前列に送り込むことができました。
そこでようやく周りの声が聞こえるようになって。
どうやら、YouTubeでも人気の美人職人の森朝奈さんだそうです。
それもあってパパさんが多かったのかな・・・?
なるほどな。
それだけお美しく、納得。
結局、少しではありましたが、美女職人と美女に捌かれるマグロを見れて満足した私でした。

子がめは最前列に行けてから少したって満足したようで・・・
結局、解体を最後まで見ることなく移動することになりました。
情けないだらけの私
実はその日、続けざまに切ないことがありまして。
じじばばの都合で子がめと私の2人で自転車で買い出しに行くことになりました。
そこで行った先のスーパーの駐輪場。
そこは前輪をはめるタイプの駐輪場で、まぁお隣は来ないでしょう〜。子がめを乗せてから自転車を動かすのでも何とかいけるでしょう~、なんて思っていると、恐ろしくバッドタイミングにお隣さんが戻ってきて。
パパに小学校低学年〜中学年の女の子が2人。
その瞬間、私が明らかに慌てて「すみません。」と頭を下げてあわあわ作業をしだすと・・・
パパさん:「ゆっくりで大丈夫ですよ。」
その言葉に会釈しつつ、そうは言ってもと急ぐ私。
すると、
パパさん:「本当に大丈夫ですよ。後ろ危ないですよ。」
と。
目の前のその親子に悪いと急いだ結果、後方の確認がおろそかになり、そのまま進むと後ろの歩行者と接触するところでした。
情けない。
同じ親なのに。
相手は2人とも話せばわかる年齢ではあるものの、2人も子供を連れているのに。
そしてそのパパさんは、他人である私やその周りの安全を気遣う余裕もある。
対して私はスーパーで買った品と子がめを乗っけた自転車を支えるので精一杯。
そこでまた涙が込み上げてくる私。
親となってかなり涙もろくなった私ですが・・・
シンママ友達はいないけれど、これはシンママあるあるなのでしょうか。
ご家族が集まる場所で、ふと、泣けてくる。
これはあるあるだと思うのです。
単純に『家族』への憧れなのかな、と。
ただ、こういった、身体的・体力的にどうしても男性がいた方が良いよな、という場面に出くわすと、私の場合ものすごく悔しくなってしまって。
アラフォーとなって体力の衰えも徐々に感じている私。
しかし、ぽけ~っと明らかに運動神経も体力も学生時代だったら負けてないんじゃないか?と思うパパさんが軽々と子供を抱き上げていたり、重い荷物を運んでいたり。
そんな風景を見るととても悔しくて涙が出てきます。
シングルだからこそ、私は子がめのパパにもならなきゃいけないのに。
必要のない父親がいるよりも、一人でも子がめを幸せにすると一人になったのに。
『父親』としては必要なくても、力仕事ではやっぱり必要だったのか・・・
本当にこんな自分が情けないです。
シンママのマイナスは、婚活のプラスに?
こんな時、自分の体格を恨む私。
もちろん、体格だけでなく様々な自分の要因が相まって今の状況を作り出しているわけですが・・・
ただ、今私にとってホットな話題。
婚活。
この婚活ではこの私の体格はポジティブな強みなようで。
というか、絶対に好意的に伝えた方がお相手の気持ちを惹けるわけで。
小柄でかわいい、守ってあげたい、支えてあげたい、と言ってくださる方が一定数いらっしゃいます。
しかし、シングルマザーとなって、前述のように何かと力や体力ではやはり男性に敵わないなと悔しい思いをすることが多い私。
なので、その様に言われると、どうせお前は一人じゃ何もできない、男に媚びをうっていかなきゃと言われているようで、これまた何だかムッとしてしまう穿った考えをもっています。
ただそれを素直にポジティブに受け止めて。
強みにできるものは何でも強みに変えていくべき・・・とはわかってはいるけれど。
力で男性と張り合っても勝てないと日々痛感しているけれど・・・
とりあえず、なんだかこの悔しい気持ちが収まらず、マグロ解体ショーの翌日からChocoZAPでは筋トレメニューの強化をはかり、かつ毎日仕事から帰ると子がめを肩車してスクワットをするようになりました。
自分でも思う・・・本当に生きるのが下手な私。
しかし、こんな自分とも付き合っていかなければならない。









