元夫はATMにすらならなかった。それでも私が「生物学上の父親」との面会を続ける理由

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1度目の事実婚
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かつては苦痛でしかなかいと思っていた、子がめの生物学上の父親との面会。

それが、前回の面会を終えて、母である私の気持ちに変化がありました。

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前回の面会での私(母)の気持ちの変化

子がめが1歳半の時に子がめの生物学上の父親とはお別れをして。

そこから、私は一人になって。

子がめが2歳から面会を開始して。

そして、ステップファミリーとなって。

そして、また一人になって。

今までは月に1回の面会を終えると、どっと疲れて。

そして、気がつくともはや次の面会のことを考えなければならない・・・

常に面会に追われているような。

付きまとわれているような。

そんな気持ちがありました。

しかし。

ステップファミリーを経験して、当時の出来事や当時の自分の行動、考えを顧みて。

前回、子がめの生物学上の父親との面会で、私の気持ちに少し、いや、かなり?変化がありました。

そして、そんな気持ちに変化があってから2回目の面会。

その気持ちは1ヵ月を経た今もあまり変化はないように感じます。

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親子の絆は『血の繋がり』という残酷な答え

この気持ちの変化は、明らかに、ステップファミリーでの経験から。

一度はステップファミリーの彼に惹かれて。

この人のことが好き、この人とこの先もずっと・・・と思っていた時期もありましたが。

振り返ってみると、私にアプローチをするために、子がめに良く接してくれていた彼の姿勢に惹かれていただけなのかな、と。

ステップファミリーが終わって、彼の好きだったところを考えて。

いつ、強く彼に惹かれていたのだろう、と考えてみると。

するとそれはいつも彼が、私の思う、子がめにとっての良い父親で、子がめを想ってくれていて、こんな家族を彼と築きたい、と思ったからでした。

それが、ステップファミリーが終わってみると、結果、彼にとって大事だったのは『血の繋がり』でした。

こんな軽い話ではないし、彼も私も色々と本音やら思惑やらがあったのでしょうが。

なんだか、うまいセールストークにのせられて、お試し契約をしたものの、販売元からさくっと「販売先を誤っていたのでお宅からは商品回収で~す。まだ本契約前のお試し期間でしたので保障等は一切ございません。」と言われたような。

そんな気持ちでいたりします。

大人なので。

自分で決めたことだし。

何をどう言っても自分の責任。

しかし、本音として思うことは今、これな気がします。

売り込む先を間違わないでよ。

間違ったままセールスなんてかけてこないでよ。

勝手に自分が間違えて、勝手に人の人生かき乱しておいて、ただただ消えていった。

ただ、別に彼から補償(復縁)やらなんやらを受けたいか、と言われるとそんなこともなく。

ただただ、販売先の誤りに『その時』に気づいてくれて良かった、と思うことが一番ポジティブかな、と思っています。

ずっと子がめに辛い思いをさせずに済んで良かった。

ずっと私自身、色々多方面に我慢して生きるはめにならなくて良かった。

(自分でも、子がめに我慢させている、私自身我慢している、と思っていた自覚があるあたりかなり確実に有責ではあるのですが・・・)

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ATMにもならなかった元夫

ここでは便宜上、『元夫』と記載していますが、正直、その人を、

『元夫』=かつて子がめと私の家族であった人

というようには思っていません。

過去形であったとしても、そんな過去を認めたくないという気持ちというか、そんな資格のある人間だと、私の中で認めていないのです。

前回の面会で私の気持ちに変化はあったにせよ、それは、『この人とやり直したい』とか、そんなお花畑な気持ちではありません。

ただただ、文字通り、『子がめの生物学上の父親』ということを強く意識するようになったということ。

私にとって他人であることに変わりはありません。

子がめと血が繋がっていて、血が繋がっている分、他の人間よりも生物学上の父親は無条件に子がめを想っているような気がする。

その面で、この人と交流することは、子がめにとって良いことかもしれないと思うようになった、というだけの話です。

(以前は、この人を子がめに関わらせることは良いはずがない!という私の黒い気持ちの完全なる押しつけと葛藤していました。)

少し話が逸れましたが、とにかく生物学上の父親は間違いなく子がめの父親なわけで。

当時は私へのイライラやら当てつけやら自分自身の抑えきれない欲に釣られる形で、子がめに対して父親としても人としても間違ったことをしたけれど。

子がめのことは愛しているのかな、と思うに至りました。

(確実に私とは愛の表現方法だったり優先順位が異なるけれど。)

何かで、

男性は意思疎通が図れない幼い子供は、我が子だろうと対応に戸惑うが、意思疎通ができるようになると途端にその子の父親になれる。

なんて聞いたことがあり、まさにそれだったのかな、と思ったり。

私が5年間我慢すれば普通の家族ができたのかな・・・。

そうかもしれないけれど、私基準で、当時、私たち家族から生物学上の父親を切りはがしました。

子がめの生物学上の父親には外に恋人がいて。

しかし、家にしっかりとお金を入れて、子がめのためのお金に何も文句を言わない、というような。

いわゆる、外に恋人がいて、心が安定するからこそ、家庭でも優しくできる。

そんなタイプの人間だったならば、5年間、私たち家族の関係はいびつながら続いていたと思います。

そう、当時の私の判断基準はまさにこれ。

例え生物学上の父親に恋人がいたとしても、子がめにとって良き父親で、家に必要なお金を入れてくれれば、きっと私はその人を子がめの父親として認めていた。

しかし、実際は。

私が不貞に気づき、敢えて日常で多めに子がめの出費をして、生物学上の父親の反応を見ていました。

よく聞く、外にはけ口をもった人間は、そのおかげで優しくなれるとか、はたまた、その関係がバレないようにそれまで以上に家族のケアを頑張るというか。

そんな動きを私たち家族が家族として存続するための最後の望みとして、当時、子がめの生物学上の父親に期待してみました。

しかし、結果は。

不貞の相手に出費が増えた私の愚痴を話し、不貞相手も、そんな私のことをあり得ないと、2人で楽しそうに私のことを馬鹿にしていました。

あの時、私が真実を知ることができたのは疑うだけでなく、確かな証拠をつかみ、足元を固めることができたからでした。

もし今、同じような不安の中にいる方は、一人で抱え込まずにプロの力を借りることも、自分と子供を守る一歩だと思います。

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そして、不貞相手の「そんな無駄な出費は私自身にさせるべき。」という助言に従い、生物学上の父親が取った行動は・・・。

私に「出費を控えるように。それか、私一人で子がめの支出するように。」と告げました。

不貞をしていても、優秀でないまでも、ATMの機能程度でも果たせば、形上、子がめの父親でいさせても良いと思ったけれど。

子がめを裏切る行為をしつつ、子がめへの出費も惜しむ男。

そんなものは子がめにも私にもいらない。

それが当時の私の考えでした。

私には『血の繋がり』というのがそこまで大事とは思えないのですが・・・

生物学上の父親も、別れてすぐに適当な人と結婚して、その人との間に子供をもうけて人生をリスタートさせるのだろう、と思っていたけれど。

(もしかしたら、リスタートしているのかもしれないですが。)

子がめとの面会は、子がめが5歳となった今も続いています。

そして、誰よりも人の目を気にするようなタイプの人だったけれど・・・

これが『血の繋がり』ということなのかなぁ・・・と。

子がめの気持ちが女の子なことも許容していて。

私にはイマイチピンとこないのですが、ステップファミリーの彼にとっても『血の繋がり』は重要だったわけで。

一定数、世の中には『血の繋がり』がとても重要な人種がいるようです。

そして、そうであるならば、その繋がりもキープすべきなのかな、と。

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時を経て関係が築かれ始めた2人

先の例で、単純な商品回収のごとく、あっさりといとも簡単に子がめと私の人生から消えていったステップファミリーの彼。

彼が選んだのは『血の繋がり』。

『血の繋がり』を守るために、あんなにも愛していると伝えた私のこともあっさりとさようなら。

『血の繋がり』を守るために私は、不要であると判断されたのでしょう。

もしかしたら、生物学上の父親の今の行動も3年続いたとはいえ、一時の気分で。

これからある日突然連絡が途絶えるのかもしれません。

その時、子がめは悲しむでしょう。

今は、ただ、月に1回、欲しいものを与えてくれる人がいなくなるから。

しかし、この関係を続けていたら、そんな関係でもそれなりの愛着が芽生えて。

終わりがきたら、きっと子がめは悲しむ。

前回の面会を行うまでは、生物学上の父親は私からみて、子がめにとって、欲しい物、おもちゃや食べ物を与えてくれるだけの人でした。

しかし、前回の面会で、生物学上の父親は、面会という限られた短い時間でも子がめの希望を叶えてあげようとしている、とそんな風に思うに至りました。

子がめの声に耳を傾け、子がめに向き合い、触れ合っている。

幼いころは、面会の移動時には必ず私にだっこをせがむか、私の手を引いていた子がめ。

それが、気づくと一方の手を私。

もう一方の手で生物学上の父親の手。

そして、さらに月日が経って、「買って欲しいおもちゃがあるの!!」と生物学上の父親の手だけを取ってかけていくことも増えました。

そんな子がめを、そして、その子がめを見る生物学上の父親を、2人に少し距離をあけながらついていき、2人の表情を見て。

あぁ、この感じ、ステップファミリーの彼が私にアプローチしていた時に感じたな、と。

生物学上の父親に私への気持ちはないので、正確に言うと同じではないですが、私の求めた『親子像』がそこにはありました。

これが『血の繋がり』ってやつなのかな。

月に1回、2時間だからこそかもしれませんが。

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共同親権への不安と母としての覚悟

2026年4月1日から共同親権が施行されます。

これを狙っての生物学上の父親の長い計画だったのか。

一方が訴えれば、過去の親権決定にも影響があるそうだけれど。

それとも、もっと長い年数をかけて、私から子がめを完全に奪おうとしているのか。

子がめと離れるなんて考えられないけれど。

そんな時がきて、子がめがその方が幸せと言ったら。

それを子がめが望んだら。

不安もあるけれど、生物学上の父親との面会を喜ぶ子がめに、母として純粋な笑顔を向けられるようになった自分もいて。

複雑ですね。

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